市内観光

 

 

目覚ましは7時にかけておいたが、その前に目覚めた。

昨晩は雨が降った。

窓を開けると涼しいくらい。

これはかなり南にいることを考えると、珍しい。

シャワーを浴びようとしたが、湯は出なかった。

朝は出るという話だったのだが、どうしたのだろう。

どうしても頭を洗いたかったので湯を頼むが、催促してもなかなか来ない。

どこかに水を汲みにいくところから始めたのかと思うくらいだ。

だが久々にシャンプーをしたら、インド人のようにぺったりしてきていた髪が持ち上がってふわふわになった。

気持ちはいいけど、始末に困る。

 

フロントに聞いたらコーチンの見所をジェッティーで回るツアーがあるというので、それに行くことにして外に出る。

どこで朝食を取ろうかと考えながら歩いていると、前の方に子どもが1人いるのに気がついた。

女の子だ。

インドで女の子が1人で歩いていることはあまりないし、そういう時は誰でも頭をあげて前をしっかり見、『私は目的があるんです』という顔をして歩くのが普通だ。

あんなふうにうなだれて歩いていたら変な奴に声を掛けられるから。

ほら、道を行く人たちが変な目で見ている。

あれ、あの子。

 

知らない男がその子に擦り寄って通せんぼするように前をさえぎり、大きくゼスチャーしながら何か言っている。

最初は無視しようとしたその子、勢いに飲まれてしまっているようだ。

男が手を伸ばしたので小走りになり、ぎりぎりで間に割り込んで

「やあ、お嬢ちゃん」

と声をかける。

「あ、キリコのおじちゃん」

と顔を上げた女の子は、よく見ると目が赤い。

「どこに行くんだね。君の先生は一緒じゃないのかい」

と言いつつ、さりげなく肩に手をやり、歩くよう促す。

「でも、その人ついてきてって言っているみたいなの。もしかして先生が大変なのかも」

と言うお嬢ちゃんを後ろに隠すようにして

「へえ?」

と男をにらんでやると

「いや、俺は」

とかなんとか言いながらそそくさと去っていった。

その姿が見えなくなったのを確認してから

「ほら、行こう」

とお嬢ちゃんを促す。

少し先のチャイ屋まで。

 

ちゃんとテーブルとイスのあるチャイ屋の、入り口に近いテーブルに陣取る。

ここなら外が見えるから、あの男が通っても見えるだろう。

日本じゃないんだから、こんな小さな子を1人でいさせちゃだめじゃないか。

心の中で憤慨しながらお嬢ちゃんにライムソーダを、俺はブラックコーヒーを頼む。

瓶にストローを突っ込んだソーダをずるずる飲むお嬢ちゃんに

「コーチンは治安がいいといわれているけど、こんな早朝に1人で出歩くのは危ないよ。先生はどうしたんだい?」

と聞くと

「先生、今日はお医者の知り合いに呼ばれてどこかに行っちゃった。どんな患者さんがいるかわからないから私はだめだって。だから今日は何しようかなって思って歩いてたの。多分先生そろそろお仕事に戻りたいのよ。もう象さんに乗ったし。だから私も今のうちにインドを見ておこうかなって思ったの」

なんでもないことのように楽しそうに話しているけれど、本当はすごくがっかりしているのは真っ赤な目を見ればわかる。

「なんて奴だ、保護者の癖に」

と憤ると

「ちがうわのよ。私は先生のおくたんなんだから! だんな様がお仕事の時に1人なのは当たり前よ!」

と怒られた。

いつものことだが、この子の話は良くわからない。

あの男、離婚でもしたのだろうか。

 

「立ち入ったことを聞くようだけど、お嬢ちゃんのお母さんは何で来なかったの」

と聞いてみる。

「お母さん? お母さんなんていないわ。私はお姉さんのお腹から生まれたの。先生に手術してもらったのよ。お姉さんのお腹に18年いたから、私は18歳なの。だから先生と結婚したの」

さも当たり前のように言うお嬢ちゃん。

「お姉さんは?」

と聞くと

「こんな子私の妹じゃないって言って行っちゃった」

とうつむいた。

 

本当に立ち入ったことを聞いてしまった。

つまりその姉というのが奴と付き合っていたのかただの患者なのかは知らないが、とにかくこの子を置いていってしまったのだろう。

あいつはこの子を引き取って育てているのか。

 

「今、先生が私を引き取って育ててるって思ったれしょう」

お嬢ちゃんが俺をにらんだ。

「違うわ。私は奥さんなの。奥さんだからご飯も作るし、お洗濯もするわ。お掃除だって、手術の助手だって。おつかいだってできるし、留守番だってできるのよ。いつもそうなんだから。今日だってちゃんと1人で留守番できるけど、ちょっと寂しくなったから外に出てみただけよ」

語るに落ちた女の子に

「じゃあ今日はおじちゃんとデートして奴に嫉妬させてやるっていうのはどうだ? これからコーチンの観光ツアーに行くつもりなんだけど、1人じゃ寂しいからエスコートさせて欲しいんだ」

と言ってみる。

どんなにしっかりしていると言っても、こんなに小さい子を1人にしておいて、後でしまったと思いたくはない。

「私は浮気なんてしないもの」

とお嬢ちゃんは最初の内渋っていたが

「フリだけなのよ。おじちゃんが寂しいから一緒にいてあげるだけなの」

と自分を納得させたようなので、一緒に歩いてツアーの受付に行く。

どうか俺が人攫いに見えませんように。

 

コーチン観光は、船で行く。

コーチンの町は運河が多く、船で観光名所を巡るのだ。

ジェッティーと言う船着き場から乗り降りできるようになっている。

船の中は最初の内外国人ばかりだったが、出港直前にインド人女性の団体がどやどや入って満杯になった。

9時発。

船は1階の船室とその上のデッキでできているが、外国人はデッキで外を眺め、インド人は船室でくつろぐものらしい。

俺達がとりあえずのつもりで船室に入った時にはインド人の女性集団が椅子を占拠し、菓子を配り始めるところだった。

おば様方というのは子どもが好きなもので、なぜか俺達の両手の上にもバナナチップがこんもり盛られた。

カレー味のバナナチップだ。

みんな亭主と家事からのつかの間の開放感からか、楽しそうにおしゃべりしている。

町内会かなんかだろうか。

インドにもそんなもの、あるのかな。

 

船は迷路のような水路を縫って、シナゴーグに着いた。

シナゴーグというのはユダヤ教の聖堂のことだ。

シナゴーグはキリスト教の教会のように礼拝を行うというより、ユダヤ教の教義を学ぶという性格が強いものらしい。

キリスト教の宗祖のイエス・キリストも元々はシナゴーグでユダヤ教の教義を学んでいる。

ここら辺はユダヤ人地区なのだそうで、店のドアに「ダビデの星(三角形を二つ組み合わせて星型にしたもの)」が飾ってあったりする。

残念ながら今日は休みだそうで、シナゴーグの中は見られない。

 

ダッチパレスはそこからお隣さんくらいの近さだ。

ここはもともと藩王の屋敷だったが、その後南インドを植民地としたオランダ人が総督邸として使ったのでこんな名前になったらしい。

中にかかっていたオランダ人らしい肖像画はちょっと異次元に迷い込みそうな不思議な雰囲気だった。

インド風の絵画もあったが、ヴィシュヌ神のご乱行はすごいな。

彼は手が8本あるのだが、2本の手で笛を拭き、後の6本はみんな別の女の身体に絡んでいる。

足まで使っているのだから感心してしまう。

おっと、うら若き乙女は見るもんじゃないからお嬢ちゃんはあっちに行こう。

 

また少し船に乗って海岸近くに行く。

ここには大きなチャイニーズフィッシングネットがあるのだ。

むせ返りそうな、漁場特有のにおい。

陸にある大きなネットを海に引き入れ、しばらくしたら跳ね上げる。

魚はそんなに入っていなかったが、どう考えても海に浸けておく時間が短すぎるからじゃないのかな。

俺達が来たから、観光用にやってみせてくれただけなのだろうか。

 

インド人の奥様団体はみんな黒いこうもり傘をさしていた。

日本では日傘というと白っぽいのが多いが、黒は光を吸収するので布自体は熱くなるが、周りの気温は下がるので本当は黒の方がいいのだ、とインド人は言う。

ま、見目はあまりいいとはいえないが。

 

次は聖フランシスコ教会。

中はひんやり涼しい。

天井は高く、三角で、トタンがむき出しになっていた。

だが大きな祭壇とステンドグラスのある、立派な教会でもある。

この教会はインド最古なのだそうだ。

インド航路を発見したポルトガル人航海士ヴァスコ・ダ・ガマの墓石なんかも残っている。

南インドの方はカーストの低い人が多かった為、カーストに関係ないキリスト教徒になった人が多いのだという。

だから日曜日になれば、きっとこの教会も信者でいっぱいになることだろう。

 

最後に行ったのはボルガッディパレス。

小さい島が公園のようになっている中にある。

パレスといっても今はホテルなので、中を見ることはできない。

だがとても気持ちがいい場所だ。

お嬢ちゃんをお茶に誘い、テーブルに案内される。

「何でも頼んでいいよ」

と言ってももじもじしているので、彼女にサンデーを、俺はコーヒーを頼んだ。

サンデーはチョコとバニラのアイスにさまざまな飾り付けをした上に、数種の果物が載ったもの。

なぜかブラッディーマリーという名前がついている。

俺にはとても太刀打ちできない代物だが、お嬢ちゃんの口にどんどん運ばれ、口が閉じたかと思うとすぐに開く。

こういうところ、あいつに似ているな。

 





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