(6)
キリコのおじちゃんと先生と3人で馬に乗ることになった。
さっきの象はみんなでいっしょだったから怖くなかったけど、馬は小さいから先生の前には乗れないんだって。
私、ちゃんと乗れるかな。
大きくないっていうから大丈夫かな。
ちょっと不安だったけど、朝ごはんの後、デザートにキャラメルカスタードを食べたら元気になった。
これ、プリンのことなの。
でもね、普通のプリンみたいに丸くないの。
大きくて四角い、うーん、てんぷらをあげるときに使うおぼんみたいな奴にたっぷり作ってあって、目の前で四角く切り出してくれるの。
すっごくおいしい。
上のこげこげの黒いとこがちょっと苦くて、甘いプリンといっしょに食べるとほっぺがとろけちゃう。
「先生、これすごくおいしいから一口あげる。あーんして」
って言ったら先生の口がちょっと開きかけたけど
「いや、俺も頼むからいい」
って2つ追加して、おじちゃんに
「さっきのミネラルウォーターの礼だ。食え」
って1つを無理やり渡していた。
おじちゃんはちょっと困ったなあって顔してから
「悪いけど俺デザートの事考えないで食っちまったから少し手伝ってくれ。お嬢ちゃんも、もしまだおなかに余裕があったら少しどうぞ」
って先生のお皿と私のお皿に半分以上入れてからちびちび食べてた。
あんまり好きじゃないのかな。
こーんなにおいしいのに。
私だったらいくらでも入っちゃうよ。
先生も
「デザートは別腹だろう」
って言いながらペロッと平らげて、コーヒーを飲みながら
「俺の胃は1個だけだ。別腹なんて器用なものないんでね」
って言うおじちゃんに
「不便だな」
なんて言ってる。
本当よね。
おいしいデザートがご飯のせいで食べられないなんて、かわいそう。
10時ごろ、事務所の前に馬が引かれてきた。
本当に小さい。
「お嬢ちゃんにぴったりのサイズだな。本当に俺が乗っても大丈夫なのかい」
っておじちゃんが馬のおじさんに聞いている。
「大丈夫だよ。この馬はおとなしいし労働用なんだ。ほら、足が太いだろう。嘘だと思うなら乗ってみな」
って言うのを聞いて、まず先生が乗った。
手綱を持とうとするおじさんに手を振って広場を1周走らせるの、格好いい。
先生、馬にも乗れるんだ。
「本当だ、じゃ俺も平気かな」
ってキリコのおじちゃん、自転車に乗るみたいに馬をまたいじゃった!
「足の位置がもうちょっと下のほうが楽なんだけど」
って窮屈そうに足を曲げて足置きに置いてる。
私は馬のおじさんに手伝ってもらってよいしょって登った。
うん、そんなに怖くない。
おじさんが手綱を引いてくれてるし、ぜんぜん平気。
楽勝よ、って思っていたら、森の中の道に入った途端、馬のおじさんが
「ここからは自分でね」
って言うみたいに私に手綱を持たせて、手を放した。
わあ。
どきどきしたけど、馬は脅かしちゃいけないって聞いたことがあったから、じっと座って静かにしていることにした。
馬は私のことをちょっとバランスの悪い荷物くらいにしか思ってないみたいで、何にもしなくても歩いていってくれる。
先生とおじちゃんは最初は一緒だったんだけど、馬のおじさんがいっしょなのを見て先に行っちゃってた。
だから私は馬と二人っきり。
なんだか大人みたい。
けどね、馬があんまりゆっくりになると、おじさんが馬を追い立てるの。
馬が早足になると、ぽんぽん揺れちゃう。
倒れた木をまたぎ越したり、坂を下りる細い道とか、岩だらけの道なんかもあるの。
わあ、私は荷物、ただの荷物よって心の中で唱えて、なるべく荷物っぽく力を抜いてたら、原っぱに出た。
馬は嬉しくなって踊るように駆ける。
「お嬢ちゃん、上手じゃないか」
って言う声がしたので見たら、おじちゃんと先生が馬で追いかけっこをして遊んでいた。
先生、格好いいの。
すごいスピードなのに、先生の体は馬の上で止まっているみたい。
おじちゃんは格好いいんだけど、なんか変なの。
なんだろうなって見てて、やっとわかった。
足がぶらぶらしているの。
きっと足載せが窮屈だったんだろうけど、なんか落っこちそうで怖いわ。
でもおじちゃんもどうやってやるのか分からないけど、ちゃんと馬にカーブさせたり早駆けさせたりしてる。
上手ねえ。
手を振る先生に、手を振り返す。
片手でちゃんと手綱と鞍の前のところを持っているから、ちょっとだけなら片手を上げられるの。
たくさん乗ったからもうとっくにお昼過ぎね、と思っていたのに、事務所前に戻ったらたったの30分しか経ってなかった。
「え、あんなに乗ってたのに?」
ってびっくりしたら
「よっぽど濃い経験したんだな」
って先生が言った。
昨日と同じコーヒーショップに歩く。
今日は最初から森の中の道。
勿論、はだしよ。
はだしってすてき。
なんかね、足の裏でしっかり地面とくっついてる気がする。
日本じゃ公園でもガラスに気をつけなくちゃいけないけど、ここは平気。
その代わりヘビなんかがいるかもしれないぞって先生は言うけど、先生だって嬉しそうよ。
朝は気がつかなかったけど、蝶がいる。
セミと鳥の声が響く。
ホ、ホ、って言うのはサルだよっておじちゃんが指差したところにサルがいた。
木の上からこっちを見てる。
時々人とすれ違うけど、ほとんど誰もいない。
ちょっと寂しくなって先生と手をつなごうとしたら、おじちゃんだった。
あ、又間違えちゃった。
なんか先生とおじちゃんって似てるんだもの。
今日も私はマンゴーラッシー。
先生も、今日は一緒。
昨日、夕ご飯の後来たら、もう閉まっていたんだもん。
がっかりした分、とってもおいしい。
コーヒーを飲んだおじちゃんが
「さて」
と伸びをした。
「なんだ、もう行くのか」
と言う先生に
「ああ、午後一番のバスに乗るつもりでね」
と立ち上がる。
え。
まだお昼をいっしょに食べたりするんだと思ってた。
「どっちに行くんだ」
と言う先生もそう思ってたみたい。
「仕事じゃないぜ。それを聞きたいんなら」
って小さく笑うおじちゃん。
違うでしょう。
そうじゃなくて。
ねえおじちゃん、いつもこんな風にすぐにどこかに行っちゃうの?
「すぐ行っちゃうなんて、つまんない。ねえおじちゃん、コーチンに戻るの? 他のとこに行くの?」
って聞いても
「どうだろう。もしかしたら行くかもしれないけど、分からないな」
って笑うだけ。
そのまま歩いて行っちゃった。
今まで楽しかった気持ちがシューってしぼんでいく。
「あんな奴の事、気にするな」
って先生が言ってくれたけど、先生だってがっかりしてる、きっと。
「あんな奴のことはほっとけ。それより、午後はどうする? もう一度馬に乗ってもいいし、見るだけなら象も見られるぞ。昼寝してからナイトサファリって手もあるな」
先生が一生懸命話してる。
そうだ、せっかく日本からここに来るために来たんだもの、楽しまなくちゃ。
「お馬もいいな。でも夜のサファリも面白そう。どっちもは駄目? 今日と明日に分けたほうがいい?」
私も一生懸命話す。
デートなんだもん。
二人が一番いいんだもん。
けどしばらくして道をバスが通る音がしたら私も先生も気が抜けてしまって、その日はずうっとお部屋に戻ってだらだらしてた。