マイソール 1
俺はバスでマイソールに着いた。
ここはいわゆる南インド内陸部の、旧藩王国だ。
さっきまでいたバンガロールは工業の町ということもあり、排ガスがひどくて外にいるだけで気分が悪くなるほどだったが、こっちはこじんまりした感じのいい町だ。
だが宿がなかなか取れなくて参った。
何軒も満員で断られた後、人に聞いて見つけたロッジは穀物問屋街の真ん中で、路地いっぱいに牛だの馬だのがいた。
あちこちに干草だの、彼らの落し物があるので少々家畜臭いが、これがインドの匂いだ。
昨日の排ガスよりは余程いい。
ロッジは2階がフロントで、俺の部屋はそこから2階分上がるから4階になる。
勿論階段のみだ。
ベッドは電車の寝台のように幅が狭くて1メートルもないが、それが2つつながって緑色のシーツがかぶさっている。
一応スプリングが入っているので、寝台ほどには硬くないが。
部屋は10畳位で作りつけのテーブルと鏡、それにイス。
隣に洗面台とシャワーとトイレが一体になっている。
つまり、シャワーの排水がそのまま和式便器に流れていく方式だ。
シャワーの下、地面から30センチくらいの所にも水道があるが、これはインド式水洗トイレのためだろう。
質は悪いが、洗面台には石鹸とタオルがついている。
電気は夜にならないと来ないのでそれまではファンも回らないそうだが、石造りの室内はひんやりとしてなかなか快適だし、床が磨き上げられていてはだしで移動しても足が汚れないのに感心して即決。
清潔なのが一番だ。
早速荷物を解いて外に出る。
この町からバンディプルやムドゥマライなどの動物保護区は近いはずなので、ツアーでもないかなとツーリストオフィスを探しに出たのだが、なぜか見当違いの方向に歩いてしまい、しばらく迷った。
やっと着いて聞くも、動物保護区へのツアーはないという。
自力で行けるようなところなのかな。
だが、この町は気に入った。
人が懐っこいのだ。
こどもがみんな
「What is your name?」
と聞いてくるのは、ちょうど学校で習っているのだろうか。
町の人も目が合うと
「hello」
と声を掛けてくれる。
時々
「こいつはなんだ?」
という目でじろじろ見られたりもするが、ジャックフルーツ(黄緑のとげとげした大きな実の中に、黄色の房みたいな実がたくさん詰まっていて、それを食べる。ちょっとドリアンみたいな香りだが、ねっとりさくさくした実は美味)売りの兄ちゃんは
「うまい!」
と言ったら1つおまけしてくれたし、サトウキビジュース売りの兄ちゃんは俺がおつりをもらい忘れると、わざわざ追いかけて渡してくれた。
昨日いたバンガロールなんて、裏道をふらふら歩いていたら子供に石や砂を投げられたんだぜ。
自分の左目を指差して何か言っていたからきっと片目をはやされたのだと思うが、だから余計にこういう町は和む。
その分リクシャーはちょっとえげつなくてメーターを倒さず走ろうとしたり、それを指摘するとわめいたりしたけれど、単にちょうど変なのに当っただけかもしれないし。
ホテル近くの食堂は余りうまいとは言いがたかったが、それも良し。
俺の舌がまだ淡白なベジタブルメニューになじんでいないだけなのかもしれない。
歩いているうち、同一の店が固まっていることに気づく。
本屋とタイプ屋だけの路。
シルクサリー通り。
俺のホテルのある穀物問屋街。
その近くの仕立屋通りの前で、足が止まった。
新しいパジャーマーが欲しいな。
今までも何枚か買って重宝しているが、かなり洗濯を繰り返したので寝巻きくらいにしか使えなくなっている。
既製品を買うことが多かったから腕や足がちょっと足りないこともあったし、動物保護区に行っている間にできるかもしれないじゃないか。
一番に目が合った仕立屋に話しかけると店に上がるように言われ、採寸された。
ちなみに、店と言っても3畳ほどの小さな物で、ミシンが1台置かれた以外は端に裁縫用具入れがあり、壁に何着かの服が飾ってあるだけだ。
床は履物を脱いで上がるようになっていて、ここで裁断などをするらしい。
採寸はすごく細かくて、合間に
「襟はつめるか。今の流行はこんな襟だ」
と見せられたり
「流行のタイトなスタイルがいいか、それとも伝統的なのがいいか。裾はこのぐらいが普通だが、長めの方がお前のスタイルを引き立てるかな」
などと結構うるさい。
普段の客もこんな風に細かい注文をしているのだろうか。
うーん、特に男物は色も白が主体だし、みんながそんなにこだわっているとは知らなかった。
俺、今まで無頓着すぎただろうか。
採寸が終わると仕立屋は俺を伴って外に出た。
隣の仕立屋に店を頼むとちょっと歩いて布屋に行く。
同じ通りに布屋もあり、ここでパジャーマー用の布を買うのだ。
これが又、男物の布といってもいろいろあってびっくりした。
男物なんて、白か灰色か、たまに薄い水色くらいしかないと思っていたのだが、ほんの少し色の入った白だったり、輝くような白だったり、手触りも様々で、でも違いは微妙なのだ。
正直、俺には選べない。
仕立屋に普段着とちょっとよさそうなのを選んでもらう。
1メートルあたり30ルピーの布と、50ルピーの布。
仕立て代は1枚30ルピー。
さあどんなのになるだろう。
完成が楽しみだ。
帰る頃には夕闇が迫っていて、ロッジの前の道のあちこちに牛がうずくまっていた。
口をもぐもぐさせて、時々尻尾でハエを追い払う以外、目もあけようとしない。
乾燥した糞を拾う人もいる。
草食動物の糞はいい燃料になるというから、そのためだろうか。
シャワーはぬるめだったが、一応湯が出た。
ルームサービスでチャイを頼み、ゆっくり飲む。
一応手荷物に酒はあるが、禁酒国に敬意を表して、まだ封を切っていない。
どこまで我慢できるかな。